Asa festoonさん

 

〈夏のティアフル〉にとって欠かせない音楽の存在。この企画を立ち上げる大きなきっかけとなったのが、Asa festoonさんの音楽です。〈夏のティアフル〉よりももっと先に、主題歌「ティアフル」の歌詞が生まれていました。歌詞というよりは、偶然生まれた一遍の夏の詩。ある時、その詩にはメロディが必要だと、なぜだか思ってしまったのが始まりです。目的も、企画もないまま、ただ、音楽にしようと。

言葉を音にすることはとても難しいことです。そこですぐに浮かんだのが、Asa festoonさんの音楽です。初めてAsaさんの音楽に触れたのは、「Felicidad!」というCD-R。限定数で作られたその作品は、後に正式なデビューアルバムとしてリリースされています。でもやはり、ロットナンバーの入ったあのCD-Rとの出会いは、正規のCDよりも色濃く記憶されています。キューバ音楽を捜し求めていた時に、偶然見つけた音楽。キューバ人ピアニスト、ロベルト・フォンセカのプロデュースで作られたその歌は、自主制作の枠を超えた至福のクオリティでした。キューバ音楽のエッセンスを独自の解釈で取り込まれたオリジナル楽曲は、いまでも唯一無二ではないかと思います。そして、そこには確かに日本語が存在していたのです。

その後のAsa festoonさんは、オリジナルアルバム4枚、カバーアルバム2枚、ライブアルバム1枚をリリースされています。これほどまでに日本語を音楽として表現されているアーティストは稀だと思います。批評家としてではなく、個人的な感覚になってしまいますが、心に染みてきます。Asaさんとは、神戸出身、キューバ音楽、とう共通のキーワードがありました。そんな流れから、とあるキューバのアーティストを神戸にお呼びした際、ゲストとしてご出演いただきました。そんないろいろなことから、「Asaさんしかいない」、そう思わずにはいられませんでした。すぐにAsaさんにご連絡しました。リリースの予定もなにもないけど、とにかくこの詩に音をお願いします、と。今思えばとても恐れ多いお願い。でも、Asaさんは快く引き受けて下さったのです。その後、いまはもうない某カフェで音を聴かせていただきました。ピアノで丁寧に紡がれたメロディ。確かMDでしたね、Asaさん。涙がこぼれそうになるのを我慢したことを憶えています。思えばあの瞬間こそ、ティアフルだったのではないでしょうか。

そんな形で生まれた音楽。いよいよ〈夏のティアフル〉の主題歌として、皆さまに届きます。Asaさん、本当にありがとうございます。

 

 

<Asa festoon>

兵庫県神戸市出身、93年アマチュアJAZZコンテスト入賞をキッカケに音楽活動を開始。キューバに訪問した際、現地のシーンにショックを受け傾倒。その後も再訪し、02年5月に、キューバのブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブの若手ピアニスト、ロベルト・フォンセカのプロデュースによるアルバム「Felicidad!」にてCDデビュー。これまでに、オリジナル4枚、ポップスカバー集2枚、ライブ盤1枚を発表してきた。 「festoon」とは花綱飾りという意味がある。「Asa Festton」とは、Asa本人が表現したい世界を、その時々に賛同してくれる、花となる力とともに創り上げる形体とのもの、をも表現している。